面会交流の記録

面会交流の記録 第1回|我が子との3年ぶりの再会

投稿日:2019年6月26日 更新日:

2018年5月

離婚が成立して8ヵ月が経った。

離婚時に決めた取り決めで、子供との面会交流はちょうど3歳になる誕生月である5月から行うこととなっていました。

 

喧嘩をきっかけに元妻が家を出て行ってから、私は子供とは一切会う機会がありませんでした。
別居期間中は、何度か妻側の弁護士から写真を受け取っただけです。

 

別居が始まった当初、子供に会えないことは耐え難い苦しみでした。
3ヵ月ほどの時間が経つことで会えない寂しさに多少は慣れはしましたが、気にならなかった日は1日もありません。

 

初回の面会交流の日が近づくにつれて、娘に会えるうれしさが大きくなってきていました。

 

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ただ、面会交流をするにあたって、実際に会う時間・場所・方法などを決める必要があります。そこで、面会交流予定日の2週間前に、元妻との連絡の際に窓口となっている元妻の父親にメッセージを送りました。

 

ヤマト
「ヤマトです。娘との初回の面会交流が今月〇〇日の取り決めとなっています。時間、場所、方法等をそろそろ決めていきたいと考えております。私側としては、両親同席を希望しておりますが、娘の事情を優先して柔軟に対応する次第です。時間、橋、方法等についてお考えをお伺いしたいです。」

 

メッセージを送った後、ふとある考えが頭をよぎりました。

 

妻側は面会交流に応じてくれるのか。

 

離婚の話し合いで、妻は弁護士を通じて私に対する結婚生活時の不満をこれでもかというくらい強く主張してきました。離婚が決まった際も、最後まで一切会うことはありませんでした。離婚が成立してから8ヵ月が経ちますが、感情が収まったとは思えません。そのため、面会交流が行われるのか不安でした。

 

面会交流は子供のためのものではありますが、そこに両親間の感情が入ってしまうことは多々あります。多くの監護親(主に母親)は、子供を非監護親(主に父親)に会わせることに抵抗あるでしょう。子供を父親に会わせないことは比較的簡単です。体調不良などの理由で延々と会わせなければいいのです。

 

はたして、返事は来るのか。
面会交流には応じてくれるのか。
もしくは、適当にはぐらかされるのか。

 

数日後、元妻の父親からメッセージが届きました。

 

元妻の父親
「初回の面会交流は、5月〇〇日15時より、娘さんの負担を考えて1時間程度としたいと考えます。場所は、福岡の某デパートの屋上階と致します。尚、今回のご両親の同席は承知いたします」

 

メッセージを見た瞬間、私はほっとしました。
妻や妻側の両親は、私には会いたくないと思っているでしょう。しかし、面会交流という子供にとっての利益を優先したのです。これは、妻側が面会交流の重要性について非常に高い次元で考えているからに他なりません。

 

時間や場所や面会時間についてやや一方的に決めてきた感がありますが、気にする必要はありません。面会交流は、子供のための両親による共同作業であるという認識を持っているので、どちらかが主導的に面会の場所や時間を決めればいいのです。

 

面会交流が行われることは決まりました。
正直、う楽しみでした。
2年ぶりに子供に会えるのだから。

 

私が子供と暮らしていた時はまだ歩くことができませんでした。
今はもう歩き回っているだろう。
3歳になるのだから言葉も話しているだろう。
顔は父親似?母親似?

 

ただ、少し不安な点もありました。子供が私のことを父親だと分かってくれるかどうか。しかしすぐに、この点は全く悩む必要がないという考えに至りました。

 

私が最後に子供に会ったのは1歳の誕生日の直前です。
子供は私の顔なんて絶対に覚えているわけがないのです。
当然会った瞬間は、娘は間違いなく戸惑った表情をするでしょう。

 

その時に私は迷うことなく、
最高の笑顔で迎えてやればいいのです。
子供が笑顔になるまで。

 

面会交流当日

両親とは13時に福岡駅で合流し、昼食を取りました。
私の近況や面会交流で子供にどう対応するかなどを話しました。
両親にとっても2年ぶりなる子供との交流を、とても楽しみにしているのは手に取るようにわかりました。

 

15時前に、福岡市内のデパート屋上に向かいました。

 

デパートの屋上は、子供連れの家族が子供を遊ばせる場所となっていました。
屋上部分の半分は屋内で、子供用クッションが敷き詰めてあり、積み木などのおもちゃが用意されています。屋外となっているところには、一回100円で遊べる子供用の乗り物などが設置されてます。

 

待ち合わせ場所には、私と私の両親が先に着きました。
場所をひと通り見たところで、元妻の両親が小さい子供の手を引いて現れました。
娘は自分の足でしっかりと歩いていました。

 

2年ぶりに会うわが娘のハルとの再会です。

 

最初に元妻の両親に挨拶し、そして娘に目を向けます。
娘は、元妻の両親の手を握りながら、不安そうにこちらの様子をうかがっています。
私を見る目は、お父さんとしてではなく、知らないおじさんを見るといった目をしていました。

 

仕方ありません。
もう、2年会ってなかったのだから。

 

しかし、目元などは幼い頃の私そっくりです。
間違いなく私の娘です。

 

私は、ハルの前にしゃがみこんで話しかけました。
思いっきりの笑顔で話しかけました。

 

「ハルちゃん、こんにちは」
「おとうさんですよ」
「名前はなんて言うのかな?」

 

私は何度も話しかけます。
できるだけ明るく、娘の目を見て話しかけます。

 

しかし、娘は横を向いてしまいなかなかこちらを向きません。
言葉をかけても反応はありません。
たまにこちらを見ても、すぐに目を背けてしまいます。

 

私は、元々子ども扱いは得意ではありません。
普段の生活で子供と触れ合う機会はほぼありません。
こういったときどう対応がしたらいいのかわかりません。
笑顔で話しかけることが精いっぱいです。

 

娘の名前を呼びながら話しかけます。
何度も何度も話しかけ続けます。
元妻の両親、そして私の両親が、娘の姿を見守っています。

 

10分ほど話しかけていたでしょうか。
娘は元妻の両親の手をしっかり握ったままついには背を向けてしまいました。

 

その様子をずっと見ていた元妻の父親が、口を開きました。

 

義父
「こんなに緊張しているハルを見るのは初めてです。さすがに緊張しているのでしょう。やはり、まだ誰と会っているか認識できないのでしょうね」

 

ヤマト
「難しいですね。3歳なので、普段はもう言葉を話したりしますか?」

 

義父
「普段はもう言葉を話しますね。2、3語ほど話しますよ。」

 

ヤマト
「『パパ』とか『お父さん』という言葉は話しますか?」

 

このとき、元妻の母親が話に割って入ってきました。

 

義母
「ハルに父親というものは存在しません。パパなんて言う必要もありません。父親が娘(元妻)にしたことを考えると、ハルに父親は必要ありません!」

 

この時、場は沈黙に包まれました。

 

義父は、離婚のことは割り切って、面会交流を行うことを目的としてこの場に来ています。しかし、義母はハルにとっての父親(つまり私)の存在を否定する発言をしました。離婚の話はもう半年前に決着しましたが、義母はまだわだかまりを抱えたまま面会交流の場に来ているのでした。

 

私は反論しませんでした。
もちろんそのように言われて悔しい気持ちはあります。そもそも、私も元妻が主張していた離婚理由には納得できていないし、嘘や誇張の主張ばかりしてきたことに対して辟易していました。最終的に離婚に合意したのは、協議や調停において復縁の可能性を全く感じなかったからです。

 

しかし、もうそれは過去の話。
今日福岡まで来たのは、過去の話をぶり返すためではありません。
子供との面会交流をしっかりと行うためです。
したがって、例え双方わだかまりがあったとしても、それについて議論しても何も得るものはないのです。この双方のわだかまりは、敢えて棚上げして触れないようにするのがベストなのです。

 

面会交流の場で過去の話は無用。
過去は過去と割り切って、子供のための共同作業として面会交流を協力して行っていくべきなのです。

 

いつもの私なら言い返すところです。
しかし、今日の娘との面会交流の目的・意義を考え、深呼吸をして落ち着きを取り戻しました。
そして、娘に話しかけることを続けました。

 

さらに10分程時間が経ちました。
ただ、娘は私の言葉に相変わらず全く反応しません。

 

私は、昔の自分を思い出しました。
私も子供の頃は知らない人が現れると父と母の陰に隠れていました。
なかなか心を開かないハルを見て、やっぱり私の子だという実感が湧いてきました。

 

それにしてもあまりに反応が悪いので、義父が一つ提案をしました。
義母と娘の二人でデパートの遊技場で遊ぶ姿を、遠くから見ようというのです。
私と私の両親は、その方が普段のハルの姿を見ることができると思い、同意しました。

 

義母に手を引かれてハルは乗り物などに乗って楽しんでいます。
15メートルほど離れた位置からですが、ハルが楽しそうにしているのが分かります。

 

こんなに良い笑顔をするんだ。
こんなに走りまわるんだ。

 

娘の元気な姿を見ていると、もう居ても立っても居られなくなりました。
気が付けば、遊技場にいる娘の元に駆け寄っていました。

 

娘は、また少し緊張の表情を見せています。
しかし、遊戯の乗り物を揺らしながら、私は話しかけ続けました。

 

「この乗り物の車は、ハンドルを回さなきゃだよ」
「このボタンを押してみようか」

 

乗り物のハンドルを動かす際に、娘の手に触れました。
2年ぶりに娘に触れた瞬間です。
小さくて細い指ですが、しっかりとハンドルを握っています。
父である私が2年間そばに居なくても、体もしっかりと成長していました。

 

娘は、遊戯の乗り物に夢中になっています。
私もそんな娘に話しかけていることで、娘とも目が合うようになってきました。
目が合うと、私は思いっきり笑いかけます。
いや、目が合うことで私の方が自然と笑顔になっていたのでしょう。

 

乗り物で私と娘が遊んでいる間、私と元妻の両親は、3メートルほどの距離でその姿を見守っていました。

 

この時、ふと見知らぬ人達からの視線を感じました。

 

父と幼い子供が2人で遊んでいる。
そして近くに母親はおらず、両親4人が見守っている。

 

その場にいる人であればすぐに状況を把握できたに違いありません。
複雑な事情があることが推測できたでしょう。

 

しかし、気にするな!
他人の視線などどうでもいい!
私は、父親として子供と触れ合っている!
過去がどうであれ、愛しい娘に2年ぶりに会えたんだ!
稀有に見る者がいても気にしない!
勝手に見てやがれ!

 

私は過去のことを思い出しながらも娘を見つめています。
そんな私の視線を感じて、娘も私をちらちら見るようになりました。
目が合ったとき、私はふと語りかけました。
私と娘以外には聞こえないような小さな小さな声で。

 

ヤマト
「ハルちゃん。
お父さんとお母さんは、今は別々に暮らしているけど、ハルちゃんを大事に想う気持ちは一緒だよ。

お父さんがいなくて寂しい思いをしているかもだし、これからもそうさせるかもだけど、お父さんはハルちゃんのことを心から大事に想っているからね。

お父さんは、今は遠い遠い東京というところに住んでいるけど、毎日ハルちゃんのことを想っているからね」

 

娘には私の言っていることは理解できないかもしれない。
しかし、それでも良いのです。
これは、私の娘への誓いでもあるのだから。

 

ふたたび、娘と乗り物を動かしながら遊んでいました。
このころになると、娘も私への警戒が少し解いて乗り物遊びに夢中になっていました。
私は、再度娘に話しかけました。

 

ヤマト
「そういえば、今月はハルちゃんの誕生日だけど何歳になるの?」

 

5秒ほどの沈黙のあと、娘の唇が少し動いているのが見えました。
何かを言おうとしているのでしょうか。
声を出していたとしても、小さすぎで聞こえません。

 

ヤマト
「ハルちゃんは、何歳になるんですか?」

 

ハル
「…さんちゃい」

 

それは、小さい小さい声でした。
今にも消えてしまいそうなか弱い声。
これが娘と初めての会話です。

 

娘は私の言葉を理解し、返事をしてくれたのです。
2年ぶりに会う私と初めて会話をした瞬間でした。

 

私は心が熱くなるのを感じました。
ずっと娘の手を握って、娘を見つめていました。

 

娘と二人で遊具で遊び始めて20分程経ったころ、当初の約束の時間である1時間が迫ってきました。私は、元妻の両親を呼んで、今回の面会交流の終わりを伝えました。

 

元妻の父親が娘を抱っこした瞬間、娘と目が合いました。
ふと娘の手に触れました。
最初に触れたときと違い、少し暖かくなっているように感じました。

 

私が手を離すと、元妻の母親が言いました。

 

元妻の母親
「ほらハルちゃん。おじいちゃんとおばあちゃんにもタッチしなきゃね」

 

その瞬間、場が明るくなりました。
私の両親も2年ぶりに孫のハルに触れました。
ハルは少しうつむきながらも、手を伸ばして両親の手を触ろうとしていました。

 

そして、簡単な挨拶を交わした後、元妻の両親と娘が帰っていくのを見守っていました。
私は娘を見ながら、その姿を目に焼き付けようとしていました。

 

初回の面会交流を終えて

2年ぶりに娘に会えました。
娘は、立派に成長していました。
しっかりと歩いて、言葉も話していました。

 

結局元妻は最後まで現れませんでした。
元妻の心境は分からないでもないので気にしません。
ただ、娘をこんなに立派に育ててくれたことは感謝しなければなりません。
また、サポートしてくれている元妻の両親にも感謝です。

 

元妻の家庭とは、お互いわだかまりがあったとしても、娘がいる限り関係を続けていかなければなりません。
わだかまりを抑えて、共に娘にとって最も最善を尽くすこと。
今後十数年に渡って、求められることです。

 

大人が子供をつくるという選択をした責任です。
ここで責任を放棄すると、その後の人生で何に対して責任を貫けるのか。
人間として、父親として、子供のことに責任を持てないで充実した人生などあるでしょうか。

 

結果として離婚に至ってしまったが、それを悔いてもどうしようもありません。
残された人生は何十年とありますが、しっかりと娘の成長を見守るつもりです。
そして限定はされますが、父親としての役割をきちんと果たしていかなければなりません。

 

娘と会ったときには真正面から向き合いたい。
そのためには、日々自分に正直に、恥じることのない人生を送るようにしよう。
適当に生きていては、恥ずかしくて娘に会うなんてことなんてできません。

 

自信を持って子供に会えるよう、普段から真面目に正直に生きていこう。
自分に自信のある父親として娘に会うことで、娘には『私の父は立派な人間だ』ということを感じとってもらえるはずです。

 

次はまた三か月後です。
娘も成長しているでしょう。
私もそれ以上に成長しなければ。

 

人として。
そして、父親として。

 

婚姻時は娘と日々会うことが当たり前でした。
当時は、妻と娘となんとなく日々を過ごしていました。
ただ、離婚して面会交流で娘と会う今のほうが、会える時間が少なくあった分、娘のことをより深くより大切に想う気持ちが芽生えている様な気がします。

 

いま、私のこの想いが娘に伝わっているかどうかは分かりません。
おそらく、3歳の娘には伝わっていないでしょう。

 

ただ、面会交流を通じて私と会い続けることで、娘には私の想いが伝わるはずです。
いえ、伝わるまで想い続けます。

 

最後に、愛する娘へ。

私はあなたの父親として、頑張って生きていきます。

あなたもお母さんの言うことをしっかり聞いて頑張りなさい。

そして、また夏に逢いましょう!

 

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