面会交流の記録

面会交流の記録 第2回|娘と二人で積み木遊びをした日

投稿日:2019年6月27日 更新日:

2018年8月

初回の面会交流から3ヵ月ほど経ち2回目の面会交流が迫ってきていました。面会交流の頻度は当初は3ヵ月に1度という決まりだったので、私は8月に再び娘に会うことがとても楽しみで仕方ありませんでした。

 

面会交流一回目がちょうど3歳になった5月だったので、あれから3ヵ月経ち、娘はどれほど成長しているのでしょうか。

 

ただ、この時期は土日も仕事に追われてなかなか休みが確定できませんでした。そのため、7月頃からとてもモヤモヤした気持ちでいました。

 

そのため、8月の面会交流は見送りとなりました。

連絡役である義父とメッセージをやり取りした結果、妻側が代替の日を設定するのは難しいということで、今回はスキップという形になりました。

 

残念ではありますが、仕事なので会社を休むわけにはいきません。世の中は『ワークライフバランス』という言葉が飛び交っていますが、まだまだ世の中全体が共有できているわけではない、と感じました。

 

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私にとってその日は面会交流を控えていましたが、この様な強制的な出勤は社会人なら誰もが経験することです。それでも無理やり休むと周りの人などに影響が出てしまいます。誰か一人の都合やわがままに合わせて強制的に働かされているというわけではありません。

顧客など関係者複数の事情といった社会・会社の仕組みのために働かざるを得ない状況だったのです。

 

ただ、当初は義父に日程の変更を打診したのですが、義父から代替の話は一切無くスキップと言われたことは少し違和感がありました。

私としては、双方の都合のいい日を調整し合えるものだと思っていたので、この返答を見たとき、正直気持ちのいいものではありませんでした。

 

しかし、面会交流は共同作業です。

ここで些細なことで衝突して、それが今後の面会交流の中止という事態になることは避けなければなりません。面会交流が行われなくなって一番被害を被るのは、その機会を得られなくなる娘なのです。

ここは、親として我慢すべきところだと思いました。

 

今回は仕事の都合とは言え私から日程の変更を申し出たことを鑑みて、今回のスキップを受け入れました。その結果、次回の面会交流は11月となりました。

 

2018年11月

当初2回目の面会交流を行う予定だった8月から3ヵ月経ち、仕事は比較的落ちついてきていました。次回の面会交流の予定の1週間前に義父に連絡して、時間・場所を調整しました。

 

前回5月の時はデパートの屋上でしたが、11月になると寒くなってきているとのことで、デパートの建物内のおもちゃ遊びコーナーを指定されました。

 

面会交流当日

当日は朝7時に起きて新宿を発ちました。
そして、福岡には昼の1時は到着しました。
昼食を食べて、スターバックスで時間を調整して、いざデパートの指定されたおもちゃ遊びコーナーに向かいました。

 

おもちゃ遊びコーナーには、たくさんの親子連れがいました。前回の屋上の遊び場はそれなりに広くて他の親子連れとは離れていたのですが、今回はとても混んでいて隣との距離は1メートルもありません。

 

娘のハルを探していると、義父と目が合いお互い軽く会釈しました。義父からは、『過去は過去、今は今』というある意味割り切った距離感を感じるので、面会交流をする上ではとてもやりやすいです。

 

義父に娘がどこにいるかと聞くと、義母とともに積み木遊びをしているとのこと。私は、靴を脱いで娘のもとに駆け寄りました。

 

ただ、この時、義母がどのような対応をしてくるのか少し気になっていました。前回の面会交流の時、最後には私や私の両親に気を遣う対応をしていただいたが、最初に「この子に父親はいません」というキツイ一言を言われていました。

義母がまだわだかまりを持っているなら、今日もそっけない態度をとられるかもしれません。しかし、私はどのような態度をされても常に笑顔を心がけようと思っていました。

 

私が近づくと、義母と目が合いました。
すると、予想を上回る笑顔で迎えてくれました。
良い意味で予想が裏切られました。

 

この瞬間、私は今回の面会交流はとてもうまくこなせるだろうと思いました。子供と会える時間は1時間という非常に限られた時間ですが、その間に私と義父・義母が気まずい雰囲気であれば、それは子供に伝わってしまいます。

 

子供にとって良い面会交流とするには、親同士も良い雰囲気でいるに越したことはないのです。双方が対立した状況下で過ごす1時間が、とても楽しい雰囲気になるはずなど絶対に無いのです。その点、義母から向けられた最初の笑顔は、面会交流の成功を予感させるものでした。

 

私は、娘の隣に腰かけて、娘に話しかけました。
娘は、私に気づくと少し恥ずかしそうでしたが、目が合うと笑ってくれました。
私と娘のハルと義母の3人で積み木遊びをすることになりました。

 

義母と娘はある程度積み木で遊んでいたのでしょう。作りかけの建物(?)などがありました。しかし、それはすべて正方形のパーツで組み立てられており、自然と形も四角のものとなっていました。娘は四角のパーツを組み合わせてさらに大きなものを作ろうとしていました。

 

ただ、よく見ると、周りには使われていない三角形や五角形のパーツが転がっていました。私はそれらを集めて、どんな形ができるのか少し試してみました。私はこれらを見て、もっといろんなパターンの形のものができないか考え始めました。

 

私は幼いころから積み木遊びが得意で、中学高校でも数学の空間図形問題などはとても得意であったので、子供の積み木遊びなど私にとっては容易いものです。3角形でも5角形でもなんでも組み合わせは思いつきます。

 

そして、むすめに3角形や5角形などの複雑な形のパーツをいくつかに手渡してみました。娘はどう組み立てていいか分からない表情をしていましたので、私が娘の手を取ってそれらのパーツを”一緒に”組み立てていきました。

 

娘の手を取っていろんな形の”作品”を作りました。

 

三角形のパーツを組み合わせた三角錐
曲線のパーツを組み合わせた円形の建物
五角形のパーツを組み合わせたサッカーボールみたいな物

※図(工事中)

私は、私が作るのではなくて、娘の手を取ってあくまで一緒に作るということを心がけました。娘はとても笑顔で積み木遊びに夢中になっていました。

 

一度完成すると一旦それを壊して、2回目は娘一人で同じ形のモノを作ってみるように言いました。娘はとても笑顔で試行錯誤しています。そして、一回目で覚えていたのか、どんどん組み立てていきます。

※図(工事中)

私は義母とともに娘に色々話しかけていました。

 

「組み立てるの上手いね~」
「どんどん完成に近づいているね~」
「お!ついに一人で完成できたね!」

 

いつの間にか義父が近く来ていて、その様子を見守っていました。

 

ひと通り積み木遊びを終えると、娘は満足したのか立ち上がり、滑り台で遊び始めました。滑り台は、たくさんの子供たちがいたため、私は少し離れたところから見守っていました。

 

ふと時計を見ると、もうすでに50分程経過していました。
私は、義父と義母に今日はそろそろ終わりにしましょうと伝えました。

 

ちょうど娘が近くまで来ていたので、お別れの挨拶を言いました。娘の手を握って、「また来年会おうね」と話しかけました。娘とは目が合いましたが、緊張のためかずっと見ていてくれるわけではなく、顔を背けるしぐさもありました。

 

義両親に見送られながら、私はおもちゃ遊びコーナーを後にしました。
私の心はとても満たされていました。

 

半年前の面会交流の時は、娘は2年ぶりに会う私を目の前にして終始戸惑いの表情でした。しかし、今日は終始笑顔でした。その笑顔がどれほど私の心を癒したか…。

 

2回目の面会交流を終えて

今回2回目の面会交流も無事に終わりました。
むしろ、義両親が私を笑顔で出迎えてくれたことといい、娘が終始笑顔だったことといい、前回以上に手ごたえを感じました。

 

しかし、無事2回目が終えるまでは少し紆余曲折がありました。

 

2回目の面会交流は元々8月に行われる予定だったのですが、その際は仕事の関係で私から日程の変更を申し出ました(結果的にスキップとなりました)。

そのため、妻側の機嫌を損ねてしまったりで、今回11月はもしかしたら妻側から変更等を伝えられるのではという心配もありました。

しかし、無事に面会交流は実施され、ほっとしました。

 

このように、面会交流を行う際には双方に様々な思惑・感情が生まれます。今回も妻側は予定通り面会交流を行う意思を示してくれていますが、私と妻は何度も裁判所に通って調停で激論した関係です。

妻側にはまだわだかまりはあるはずです。

 

それでも、こうやって仲の良いとは言えない関係の者同士が面会交流を行おうとする姿勢は、娘を思う大人としての責任から来るものだと思います。

ただ、非常にもろい関係なので、小さい不満やわだかまりに対して反論していては、何年も面会交流を続けることは到底不可能です。

ここは、責任ある大人として、多少意に沿わないことでも我慢することが必要と思います。

 

面会交流は離婚の条項で決められているとはいえ、数年にわたって続けていくためには、「条項で決められているから続ける」ではなく「双方の意思で続けていく」という気持ちが必要でしょう。

元夫婦はすぐにでも崩壊してしまうかもしれない関係です。しかし、だからこそ、面会交流とは子供のための共同作業であるということを双方が意識すべきことなのだと思います。

 

ただ、そういう双方の小さい努力や我慢を積み重ねで行われる面会交流でも、実際に子供を目の前にするとそれらの我慢など、とても小さく取るに足らないことだと感じてしまいます。

久しぶりに会う我が子のかわいさやひたむきに生きるたくましさ、そして親である私に向けられる笑顔が、全てのわだかまりを吹き飛ばしてくれるのです。

そうした親の気持ちは、娘が子供なりに敏感に感じ取ってくれているはずです。また、娘が”父親を見て”笑顔になるのは、妻側の義両親もうれしいと感じるのではないでしょうか。

 

面会交流の日程調整などではどうしても都合が合わない時があります。しかし、その調整で譲歩の精神がなければ、意義のある面会交流とならないばかりか、行われなくなる可能性もあります。

 

ぜひ、娘のための共同作業ということを意識して、大人として余裕のある対応をしましょう。相手とのやり取りで悩んだとしても、子供の絵がをを見たら、そんな悩みがいかに小さいかを思い知らされますよ。

 

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