面会交流の記録

面会交流の心の準備|面会交流とは共同作業だ!

投稿日:2019年6月25日 更新日:

このページでは、私なりに解釈した面会交流の心得について書いています。面会交流を控えた私の想いを、ありのまま文章にしてみました。

別居後2年間もの間、子供に会えなかった

【面会交流とは】
子供が両親の別居や離婚により片方の親(非監護親)と会えなくなった際、非監護親と継続的に会うことで双方の親から愛情を受けていることを認識し、健全な心を育むための行事。

 

私は、妻と喧嘩したことがきっかけで別居が始まりました。その際、妻が子供を連れて家を出ていきました。そして、その後の離婚協議・離婚調停中は子供と会えませんでした。

 

妻が出ていって以降、私は妻と子供に会えないことをとても悲しみました。毎日当たり前の様に行っていた子供との触れ合いが、その日を境に一切無くなってしまいました。帰ってこない妻と子供を待ち続けることは耐えがたい苦しみで、休まるはずの家にいても常に体が震えていました。『嘆き悲しむ』とはこういう事を言うのかと身に染みて感じていました。

 

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三ヶ月程経って精神的にもやっと慣れてきた頃でも、残していった服や、笑顔で写っている写真を見るとため息が止まりませんでした。

 

1年半に渡る離婚協議・離婚調停中は、娘に会えず、たまに渡される写真を見るだけでした。面会交流を求める調停を起こすことも考えましたが、調停委員が「今の様な状況下では面会交流をしても子供の負担になるだけだ」との言葉もあり、結局申し立てはしませんでした。

 

最終的に離婚が成立するまで1年半かかりましたが、離婚条件で面会交流について取り決めを交わしました。

 

私の場合に面会交流についての取り決めは以下の通りです。

 

離婚の調停条項(抜粋)

申立人は、相手方が次の通り長女と面会交流することを認める。なお、相手方の両親等の親族を交えて面会交流することを妨げない。

(1)平成30年5月から、原則として月1回、毎月第2土曜日とし、具体的な面会の日時、場所、方法等については、当事者双方が子の福祉に十分配慮の上、協議して定める。ただし、面会交流開始後当面は3ヶ月に1回程度とし、長女の心情の安定を十分配慮しながら徐々に頻度を増やすものとする。

(2)長女の病気、心身の状況、学校の行事の参加等やむを得ない事情により本庄に定めた面会交流が実施できない時は、申立人が相手方に長女の写真や動画を送付することにより代替とする。

(3)宿泊を伴う面会交流の実施については、当事者双方が長女の意思を尊重の上、協議して定める。

(4)長女が小学校に入学した後、前記(1)の面会交流に代えて、長女の入学式、卒業式、運動会、授業参観に参加する方法によることを、当事者双方が子の福祉に十分配慮の上、協議して定める。

 

離婚直後は双方の心情的にすぐに面会交流できる状態ではないため、初回の面会交流は平成30年5月に設定しました。子供がちょう3歳になる月です。私は子供がちょうど1歳になる直前から会えていなかったので、3歳になる子供がどこまで成長しているのか全く想像がつきません。

 

しかし、これだけは言えます。

 

娘に会いたい。
娘の手に触れたい。
娘を思いっきり抱きしめてあげたい。

 

離れ離れになっているとはいえ、私の子供です。毎日仕事で忙しく過ごしていたとしても、1日たりとも気にならない日はありません。離れていても、娘は頑張って生きているはず。その想いが、離婚後に独り身となった私が日々生きていく原動力となっているのです。

 

面会交流の目的・意義について

初回の面会交流を2か月後に控えたころから、面会交流の目的や意義、方法、守るべきルールについて頭の中を整理しました。方法やルールは確かに重要ではありますが、最も重要なのは目的と意義をしっかりと認識することだと考えました。目的・意義が曖昧な状態ではいくら方法やルールを守ったとしても面会交流の効果は十分得られないのではないか。

 

では、面会交流の目的・意義とは何か。

 

離婚調停中に調停委員は、『面会交流は子供のためにもぜひ行うべきだ』と元妻を説得してくれました。それは、調停委員の意見であるだけでなく、裁判所の方針であるとのことです。元妻は当初は、子供を私に会わせることを頑なに拒んでいましたが、調停委員の度重なる説得により面会交流をすることを承諾しました。

 

ここで、多くの書籍・ホームページでは、面会交流の目的として、下記の様な文言をよく目にします。

 

子供の健全な心身の成育のために…。

 

私は離婚調停中に何度もこの文言を何度も目にしました。しかし、『健全な心身の成育』とは何か?どういう事を意味しているのか?その時は、具体的なことについては分かりませんでした。

 

しかし、面会交流を控えて私の子供が現在どこまで成長しているのかについて調べ、そして親という立場に立って考えることで、私なりの一つの答えにたどり着きました。

 

面会交流とは、子供が両親から大切にされていると感じる機会です。

 

これは、子供の状況から理解する必要があります。

3歳になると、具体的な言葉を発することができます。
4歳になると、言葉によるコミュニケーションができるようになります。

 

この時子供は、『ごはん』という言葉を発するときは食べ物をイメージしているでしょう。『ママ』という言葉を発するときは、母親をイメージしているでしょう。しかし、『パパ』という言葉を発するとき、私の子供は『パパ』の実物像をイメージできるでしょうか?

 

この時、私の子供が父親と交流が無かったとすると、『パパ』という言葉をイメージできるでしょうか。意味は分かっても、見たことが無いモノについては理解ができません。

 

また、友達がパパのことを話題にしたり一緒に居るのを見たりすると、とても複雑な心境になるのではないでしょうか。さらに、テレビやアニメで家族団らんのシーンを見るだけでとてもつらい心境になるのではないか。

 

これは、子供にとっては想像を絶するくらいの心の負担です。

 

子供にとってパパとの交流がなければ『パパ』や『お父さん』という言葉を聞くことは相当なストレスになるのではないか。なぜなら、パパという存在が身近ではないからです。毎日、その言葉を聞かないようにビクビクして生きなければならないのではないか。

 

私は、この様な時の子供の気持ちが分かります。
私も幼い頃、ある言葉にビクビクして過ごしていたものでした。
それは、『私の名前が読み間違えて呼ばれること』でした。

子供の時に感じたトラウマ

私の名前は、(仮名ですが)大和と書いてヤマトと呼びます。
しかし、ダイワと呼ばれることの方が多かったのです。

 

幼い頃、私は自分の名前が呼ばれる際に間違ってダイワ君と呼ばれることに違和感を持っていました。しかし、小学生になることには、名前が読み間違われることに相当なストレスを感じるようになっていました。

 

新しいクラス替えの時は、必ず名前を読み間違われました。
学校外の行事(習い事など)では必ず読み間違われました。

 

私は名前を呼び間違えられる度に、心を痛めていました。
しかし、私のその心は誰にも気づいてもらえませんでした。

 

そんな中、トラウマになる出来事が起こります。

小学校の卒業式です。

 

数百人もの生徒と保護者がいる中、一人一人が校長先生から名前を呼ばれて卒業証書を受け取るのです。こんなに大勢の前でもし名前を読み間違われでもしたらいったいどうしたらいいのか。私は、この晴れ舞台を何度欠席したいと思ったことでしょう。

 

当日、私は神様にお祈りをして卒業式に出席しました。
何をお祈りしたかって?
名前を読み間違われないように。

 

当日、私の番が近づいてくると心臓がバクバク鳴るのがわかりました。私の番になり、高檀に上ると、後ろに数百人の生徒と保護者がいるのが見えました。

 

そして、私の名前が読み上げられました。

 

校長先生
『次は、ダイワ君です。』

 

その瞬間、頭が真っ白になりました。

時間が止まったような感覚になりました。

歯を食いしばって、必死に時間が過ぎ去るのを耐え続けました。

 

私にとって、小学校の卒業式は一生忘れられない出来事となりました。

 

このことは大人になった今では笑い話で済ませられます。
しかし、大人にとっては何気無いことでも、子供にとっては気の滅入ることがあるのです。
私の当時の苦悩は、誰一人分かってくれませんでした。
しかし、誰も気にしてないでしょうが、私の心は確実に追い詰められていました。

 

話は戻りますが、私は父親として子供がパパという言葉を聞くことをストレスに感じるようになるのは耐えられません。家族、友人、そしてテレビなどで『お父さん』『パパ』という言葉を耳にする機会は数えきれないほどあります。その度に、わが子供がビクビクするのを見ていられるでしょうか。

 

しかし、私が思うに、
面会交流こそがこの悩みを解消する唯一の方法なのです。

 

面会交流は、親が子供に会う権利とも言われます。
しかし、私はむしろ逆だと思います。
私は、子供が親に会う権利だと強く思います。

 

面会交流の本当の意義は、子供が両親から大切にされていることを感じさせてあげることだと思います。非監護親(主に父親)と一緒に住んでいなくても、子供が父親と定期的に接することで、子供は父親を身近に感じることができるのです。そうすれば、普段の友人との会話でも自然と『お父さん』についての話題に入っていけるのです。

 

このことを意識すると、両親にとって面会交流に対する心構えが変わってきます。
親が子供に会えたら満足ではないのです。
子供が親に会って愛で満たされるまで、優しく接するべきなのです。

 

面会交流とは、
親がどれだけ子供を大切にしているかを伝えるという、
人として当然のことをする機会なのです。

 

面会交流は子供のための共同作業である

私は面会交流とは、両親による子供のための共同作業だと考えます。
そして、親がこの心得を持つことで、面会交流の問題としてよく起こりうる両親間での葛藤も乗り越えやすくなると思います。

 

そもそも離婚をした同士なので、程度の差はあれどの両親間でもわだかまりを抱えていることが多いです。その様な状況で面会交流を行うと、双方ともにストレスが生じます。面会交流自体に義務感を感じる人も多いです。

 

監護親(主に母親)が、面会交流を、『裁判所で決めたことだから』とか『ちゃんと養育費を振り込んでもらうため』という消極的な理由で行おうとすると、毎回の面会交流が大きなストレスとなります。

 

一方、非監護親(主に父親)は、『養育費を払っているから当然だろう』とった気持ちでいると、本当に仕方ないキャンセルなどに余裕を持って対応することができません。

 

両親がこの様な気持ちでいると、何かしらの対立をきっかけに面会交流が行われなくなることもあります。そうなると一番被害を受けるのは子供です。

 

一方、面会交流の意義を「親が子供を大切に想っていると伝えること」であると理解していると、両親は子供をいかにお父さんと楽しく過ごすことができるか、ということに主眼を置くこととなります。そうすると、面会交流事態が両親による共同作業という認識になるのです。この考えが共有されていれば、例え急にキャンセルが生じたとしても、『子供を私に会わせたくないのだな』という考えではなく、『子供が本当に病気になったのだな』と事情を理解しようとする心が働きます。

 

この様な状況では、純粋に子供に対する思いやりといった感情が持てており、親として健全な精神状態であることは間違いありません。もちろん、多少は両親間でわだかまりが残っているものの、子供のための共同作業として、継続可能で内容の濃い面会交流を行うことができます。そしてそれは、子供にとって大きな利益となるはずです。

 

どうでしょうか?
共同作業となれば、親同士で揉めているのがバカらしくなってきませんか。
『離婚時に決めたことだから』とか『自分の権利ために面会交流を行う』といった考えではなく、子供が両親から愛を感じるという子供のためのイベントであることを第一に考えるべきです。

 

私が思うに、面会交流を権利と思ってはいけないのです。
面会交流は、『子供が父親と会い、父親から愛を受け取るための機会』と考えるべきです。親にとっては権利ではなく、両親にとっては義務に近いのではないでしょうか。

 

現在、裁判所は可能な限り面会交流を推奨してきます。その際に使われる言葉は、先ほども述べましたが、決まって以下の表現です。

 

子供の健全な心身の成長のために

 

改めてこの文面を読むと、主語が親になってはいないことが分かります。
この様な表現となるためには、面会交流の主体が子供でなければこの様な文章にはならないはずです。

 

面会交流は、子供が普段一緒に暮らしていない非監護親(主に父親)と触れ合うことで、母親だけでなく父親からも愛を受けていることを感じるためのイベントである。そして、面会交流は子供のための共同作業であるため、両親は協力して遂行すべきである。

 

そのように面会交流を行い続けることで、子供は両親から愛を受けていることで心に自信を持つことでしょう。例え離れて暮らしていても、お父さんのことを好きになるでしょう。もちろん、お父さんと会う機会を作ってくれるお母さんのことも、もっと大好きになるでしょう。そして、普段の生活で見聞きする『お父さん』や『パパ』という言葉を、ゆっくりと受け入れられるようになるでしょう。

 

もちろん、面会交流をこなす中で相手に対して不満が生じる場合もあります。途中までは順調にこなしていても、途中から争いが生じるときもあります。

 

その時こそ、ぜひ面会交流は共同作業だということを強く認識してください。場合によっては、相手にそのことを伝えることも有効だと思います。

 

あなたが、自身の葛藤を我慢して面会交流をしようとする態度を見せると、相手はあなたの大人の対応を見て、自身の行動を恥ずかしく思うはずです。あなたも相手も、子供を持つ立派な大人なはずです。どちらが正しい行動であるかは双方暗に感じているはずです。

 

相手がわがままを言ってきても、誠意ある面会交流を心がけて下さい。
あなたは、正しい行動を貫いてください。

 

相手が何かをきっかけに自身の行動を振り返った時、あなたが大人として誠実な対応を心がけていれば、相手は生まれ変わったように協力的になるかもしれません。

 

それでももし、相手が不誠実を続けてきたら。
大丈夫です。子供はきちんと感じ取っているはずですよ
一方、もしあなたが不誠実な態度でいたら、それも子供が感じ取ってしまうでしょう。
不誠実な態度を取っていると、それは結果的に自分が損しているのです。

 

たとえ離婚したとしても、もうそれは過去のこと。
相手に言いたいことがいっぱいあったとしても、もう離婚も済んで、過去の事です。
そこでも文句を今更ぶり返しても誰も得をしません。解決などもしません。
むしろ、そんなエネルギーがあるなら、面会交流に力を入れるべきです。

 

子供を産んだ以上、親として責任を持って育てるべきです。
そして、面会交流は供の成長にとって重要な行事なのです。
そのために過去のわだかまりを棚上げすることは、立派な大人の対応だと思います。

 

最後に

私の初めての面会交流はついに来週行われます。

 

正直楽しみです。
同時に不安でもあります。

 

2年ぶりに会う子供が私を父親として認識してくるのか。
一度もこちらを向いてくれないかもしれない。

 

たとえ子供の反応がどうであっても、いっぱいの笑顔で迎えてあげよう。
例え妻側の視線や態度が冷たくとも、私は誠実に精一杯の愛情表現をしよう。

 

すべては、子供のために。

 

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