バツイチ男性のたわ言

バツイチ・非イケメン・昇進遅れのアラフォー三重苦でも人生諦めない!

投稿日:2019年8月25日 更新日:

2017年6月
バツイチ歴9ヶ月

バツイチという現実。
今後一生背負っていく十字架。

 

悲しい過去。
成長となる過程。
どう思うかは人それぞれ。
大事なのは、それでも諦めずに生きていくこと。

 

思えば、私の人生は苦難の連続だった。

 

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小学生低学年。
近所の、高学年からイジメられていた。

 

毎日登校時、背後からランドセルを蹴られる。
休憩時間に体育館に呼び出され、一方的なプロレスごっこ。
放課後は、漢字の書き写しや日記の宿題をやらされる。

 

毎日が苦痛だった。
だが、誰かに助けを求める勇気は無かった。

 

中学校1年生。
ヤンチャなクラスメイトの標的となった。

 

殴る蹴るは当たり前。
机への落書きが止まらない。

 

目を閉じて耐え続けた。
だが最も辛かったのは、好きな人にその現場を見られていたことだった。

 

大学1年生。
入学した大学は滑り止めだった。
だが、どうしても第一希望の大学は諦められなかった。

 

周りの友達は、コンパやサークルの毎日。
彼女ができて幸せそうな友達もいた。

 

だが私は、もう一度受験を試みることにした。
再出発を誓い、目の前の楽しみは全て断ち切った。
20歳までの私は、遊びも異性も無い、ただ勉強だけの灰色の毎日だった。

 

勉強が功を奏して希望の大学に入学してからも、苦難の連続だった。

 

居酒屋のバイト中、相性の悪い先輩に蹴られて血を吐きながら返った。
何度合コンに行ってメルアドを交換しても、ほぼ誰からも返信が来ない。
やっとできた彼女を巡って、地元のヤンキー達にマクドナルドで囲まれる。
大学の教授から毎日呼び出され、『卒業を辞退しろ』と詰められる。

 

それ以外にも、ここには書けないこともあった。

 

社会人になってからも、苦難は続く。

 

新卒で配属された部署の上司と相性が悪い。
私だけ激しく叱責され、同期の方が優遇されていた。
その結果もあり、私は同期の中で私だけ昇進が遅れた。

 

一度昇進が遅れると、取り返すのはほぼ不可能。
それ以降、同期より社会人生活は遅れた状態が続いている。

 

そんな中、生きてて良かったと思うこともあった。

 

元妻との出会いだ。

 

それから、私の人生に火が灯った。
結婚生活は、幸せな毎日だった。
毎日家に帰るのが楽しみだった。

 

だが、その幸せも4年半で終わりを迎えた。
30代半ばにして、バツイチとなった。

 


 

私は今、3つの苦に悩まされている。

 

バツイチ・非イケメン・昇進遅れだ。

 

どうしようもない苦難だ。
八方塞がりとは、このことだ。

 

だが、まだ人生半分にも来ていない。
今後16年ほど養育費を払わなければならない。
そして、いつかは再婚して再び家庭を築きたい。

 

だが、ここからの人生巻き返しはあるのか。
こんな三重苦を背負いながら、逆転可能なのか。
この困難を乗り越えられるのか。

 

だが、人類の歴史は我々に教えてくれる。
私の何倍も苦しかったにも拘わらず、それでも再起に成功した人がいるのだ。

 

大阪にシャープという企業がある。
液晶テレビや生活家電で有名な総合電器メーカーだ。

 

2016年に経営危機に陥ったものの、今でもその知名度は大阪どころか世界中に行き届いている。

 

このシャープ創業者の人生は波乱万丈なのだ。

 

創業者の名は、早川徳次。
1893年に東京で生まれた。

 

19歳で最初の会社を起業した。
金属加工をメイン事業とし、水道蛇口やシャープペンシルの改良などが大ヒット。
順調に事業は拡大し続けた。

 

プライベートも充実していた。
21歳で結婚し、2人の子供に恵まれた。

 

全ては順調だった。

 

だが30歳の時、関東大震災が発生。
これが人生の転機となった。

 

地震が原因で、愛する妻と子供2人が失なった。

 

だが、逆境はこれだけでは止まらない。
なんと、地震による火災で工業が焼け落ちたのだ。

 

その結果、提携会社から販売契約の解消と融資金の即時返済を求めれた。
結局、会社と機械の譲渡、特許の無償使用、そして、半年かけて技術継承を行ったのだ。

 

この時、早川徳次はどんな気持ちだったのだろう。
妻子が亡くなり、自ら興した企業の譲渡をする。

 

悲しいなんてものではなかったはずだ。
普通の人なら、耐えられないだろう。
自殺を考えてもおかしくない。

 

だが、早川徳次は諦めなかった。
ゼロどころか、こんなマイナスの状態でも諦めなかった。

 

半年間の技術継承の後、大阪に移って再び起業した。
その会社が成長した姿が、日本を代表する大企業シャープなのだ。

 

どうだろうか。

 

早川徳次は、30歳で人生のどん底を味わった。
愛する妻子が無くなり、創業した会社も譲渡した。

 

どんな気持ちだっただろう。
想像などとてもできない。
絶句するしかない状況だ。

 

だが、諦めなかった。
これ程どん底でも、諦めずに再起を図ったのだ。

 

早川徳次に比べたら、私の三重苦(バツイチ、非イケメン、昇進遅れ)など、取るに足らない。

 

借金は無い(投資用不動産の借金はあるが)。
昇進は遅れているが、ブラック企業ではない。
妻とは別れたが、子供とは面会交流で会っている。

 

『辛い』『苦しい』と考える度に、私は思うようにしている事がある。
私より困難な状況にいる人は、間違いなくいた。
だが、それでも諦めなかったから大きく成功したのだ、と。

 

もちろん、不幸は比べるものではない。
だが、自分より辛い境遇でも、諦めなかった人がいる。
そして、諦めないことよって成功した人がいたことは確かなのだ。

 

幸いにも、私には不動産投資がある。
初めてまだ5年ほどだが、なんとか続けている。
今の時点では、成功とも失敗とも判断できない。
だが、将来的に規模を大きくしていけば人生逆転も可能だ。

 

今まで、どんなに辛いことでも耐えてきた。
今さら三重苦なんてわざわざ気にすることでもない。
むしろ、これはバネに頑張っていこう。
自らを奮い立たせるエネルギーするのだ。

 

どれだけバツイチが辛くても、
非イケメンで異性が寄ってこなくても、
会社で昇進が遅れてしまっていても、
まだまだ可能性はある。
諦めなければ希望は残されている。

 

例え三重苦でも、
絶対に人生諦めません!

 

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