バツイチ男性のたわ言

元妻を思い出させるな!あの時、話し合いに応じなかったのだぞ!

2017年9月
バツイチ歴1年

その日、九州地方で地震があった。
昨年の熊本地震以降、九州では地震が続いている。

 

そんな時、親族Nさんからラインが来た。

 

親族Nさん
「九州の地震、福岡も揺れたみたいだな。
元妻さんや娘さんは大丈夫か!?
無事か聞いてみたらどうだ?」

 

私は、このラインを見て、
大きなため息が出た。

 

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娘の心配は分かる。
血を分けた大事な娘だ。
毎回の面会交流も楽しみだ。
私も心配でたまらない。

 

問題は、元妻のことだ。

 

元妻も心配といえば心配だ。
一度は、一生を共にしようとした女性だ。
最悪な事態は想像したくはない。

 

だが、なぜ元妻のことを話題にするのか。

 

私にとって、元妻は早く忘れるべき存在だ。
普段の生活でも、できるだけ思い出さないようにしている。

 


 

今でもはっきり覚えている。

 

あの日の夜、
言い争いがきっかけで元妻は出て行った。

 

暴力や暴言はしていない。
言い争いをしただけだ。

 

それなのに、いきなり家を出て行った。
そして、それ以降は姿を見ることはなかった。

 

元妻が出て行ってから、私は必死に謝った。
しつこくない程度に、ラインや手紙を送った。
しかし、返信は一切無かった。

 

私からの連絡を、完全に遮断したのだ。

 

その後、元妻の両親に謝るために福岡の元妻の実家にも行った。

 

だが、私が元妻の実家を訪れた時、元妻の両親は留守だった。
きちんと事前に連絡して行った。
わざと留守にして会ってもらえなかったのだ。
その後、元妻の実家も電話しても、一度も電話に出ることもなかった。

 

私から見て、妻の両親は義理の両親の位置づけだった。
親族関係としては、義理の息子になったとも言える。
当然、お義父さん(おとうさん)、お義母さん(おかあさん)と呼んでいた。

 

義理の息子なのだから、話ぐらい聞いてくれても良いではないか。
一方的に音信普通にするなんて、到底納得できない。

 

元妻の行動は理解できない。
元妻や両親の行動には全く納得いかない。

 

家族会議でも良い。
私だけ呼ぶのでも良い。
どういう形式でも良い。

 

一度は私の話を聞いてくれてもよかったのでは。
一方的に離婚に進むことは無かったのでは。

 

元妻側が、直接の話し合いに応じてくれないのはショックだった。

 

その後、元妻は弁護士を雇い、その後は全て弁護士が対応してきた。
私とのやり取りは、全ては弁護士を介して行った。

 

私は、元妻側の態度・行動に疑問を感じている。
その行動は、人としてどうなのか。

 

一度も会わないどころか、電話やラインすらも返信しない。
あまりにもひどくないか!?

 

そして、別居した翌月から離婚調停が始まった。

 

裁判所でも、元妻の顔を見る機会も無かった。

 

離婚調停の慣例として、初回と終わりにはお互い顔を合わせる。
いわゆる、開会式というモノがある。
だが、元妻はその開会式にすら出てこなかった。
徹底的に私と顔を合わすことを拒否してきた。

 

理解できない。
なんとしてでも会おうとしない元妻の態度にだ。
離婚しかけの夫婦ですら、開会式では顔を合わせるのだぞ。

 

もちろん、弁護士からの助言があったのかもしれない。
確かに、どうしても離婚したいのなら顔すら合わせないのは有効な方法だろう。
相手の持つ復縁への期待を、完全に断ち切ることができる。

 

だが、それは人としてどうなのか。

 

元妻にとって私はどんな存在だったのか。
人生を共にしようとした相手ではなかったのか。
結婚という人生最大の契りを交わしたのではないのか。
だったら、せめて一度は直接話し合うべきなのでは。

 

まるで、高校生みたいな別れ方だ。
『別れたくなったから、連絡を遮断してお別れ~』みたいな方法を取るなんて。
こんな形で結婚生活を終えるなんて、あんまりだ。

 

私の状況は、ほぼ親族全員に伝わっていた。
もちろん、親族Nさんにもだ。
私の事情を知った親族Nさんは、私に同情してくれた。
そして、励ましてくれた。

 

離婚調停中は、大変気が滅入る。
愛し合った相手が、本気で攻めてくるのだ。
愛と憎しみが表裏一体であることを、身に染みて感じた。

 

そんな時の親族からの励ましは、大変な心の支えとなった。
離婚に直面して弱っている心に、元気を与え続けてくれていたのだ。

 


 

1年4ヶ月の離婚調停の末、離婚は成立した。
私は復縁を望んでいたが、妻は離婚に頑なだった。

 

私は、離婚という結末を受け入れるしかなかった。

 

結婚生活は、4年半で終わってしまった。
一生を共にしようと誓った相手だったのに、あっ気ない幕切れだった。

 

だが、いつまでも凹んではいられない。
離婚が成立したのなら、気持ちを切り替えよう。

 

財産分与は既に支払った。
今後は養育費を支払っていく。
面会交流では、父親として娘に愛を与え続けなければならない。

 

いつまでも、くよくよしていても仕方がない。
過去はもう、戻ってこないのだから。

 

私の結婚生活は、終わってしまった。
しかし、人生はまだまだ続く。
人生80年と言うが、まだ半分も経ってないのだ。

 

これからは新しい人生を生きていくのだ。
バツイチという名の十字架を背負って。

 


 

今、離婚から9ヶ月が経った。
ようやく平穏な毎日になりかけてきた。

 

元妻の事は、思い出さないようにしている。
もう遠い過去の思い出になりかけている。

 

そんな時だ。
親族Nさんから、元妻を心配するラインが来たのは。

 

確かに、親族Nさんは色々相談に乗ってくれたりした。
本当に辛かった時期、励ましてくれたりもした。

 

だが、もう少し私の気持ちを分かって欲しい。
私がどういう気持ちで離婚調停に行っていたのか。
私がどういう覚悟で離婚成立を迎えたのか。

 

そして、どんな気持ちで過去を乗り越えようとしているのか。

 

元妻は、一度も私に復縁のチャンスも与えなかった。
いきなり家出をして、すぐに私からの連絡を断った。
そして、弁護士に依頼して全力で攻めてきた。

 

人が信じられない…。
人間不信にもなった。
完全にトラウマとなってしまった。

 

親族Nさんよ、私の気持ちを分かってくれ。
そんな元妻を心配するなんて。
もし、私を応援してくれるなら、元妻は敵のはずだ。

 

今の私は、そんな過去の事として忘れようとしている。
元妻を忘れて、新しい人生を歩もうとしている。

 

だが、元妻のことを話題に出されたら、記憶が蘇ってしまうではないか。

 

私にとって、離婚は早く忘れるべき過去なのだ。
忘れなければ、その先に行けないのだ。

 

頼むから、
元妻のことを、
思い出させないでくれ。
☆バツイチ男性のたわ言☆

 

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